復興桜苗木育成開始


2011年3月11日の東日本大震災で津波被害にあいながらも、名取市閖上(ゆりあげ)地区では、1か月後の4月に桜の花が咲きました。
桜の木は、枝から芽をとり、苗木に育ててそれを植えることにより、新しい命が生まれます。
震災で多くの命が奪われました。私達は、桜の苗木を育てて、これをこの地に植えることで、あらたな命を育て、地域を活性化したいと考えます。
津波にも負けず、花を咲かせた桜から芽をとり育てる苗木。これを「なとり復興桜」と命名し、名取の復興を見守ってくれる桜として、育てていきます。

(2011年9月)

2011年9月7日、次の場所の桜の木から、苗木のための枝取り作業を行いました。

  1. 日和山の桜 :閖上地区で唯一小高い丘、日和山。高さ6メートルのこの丘も完全に津波にのまれました。頂上にあった石碑も丘の下に落ち、桜の枝も折れました。
  2. 閖上中学校 :海岸から一番近い3階建ての建物であったため、多くの人が津波から避難に殺到しました。2階まで津波がきました。
  3. 閖上小学校 :多くの住民が避難し、一夜を過ごしました。津波は1階まで。

▼枝取り作業の様子

 

閖上小学校の桜から。枝取り作業は、今年伸びた若い枝を少しだけ、高枝切りハサミでカットしました。

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小学校体育館で「思い出探し隊」の写真復活ボランティア作業をお手伝いしていた学生さん達が見学に来たので、桜の苗木についての講義が行われました。
講師は、この日作業をして頂いた、「公益財団法人 日本花の会」の田中秀明氏。

閖上中学校は、校庭の周りを樹木が囲っていたはずですが、津波でほとんどなくなって、残った樹木はわずかです。

閖上中学校から、海の方をみた景色。
東側にわずかに一本だけ残った桜の木。 南側にももう一本残っていましたが、この東側の木から枝を少しだけ採取しました。
4月には花を咲かせたこの木ですが、小学校より、潮風が強いせいか、かなり弱っているようでした。今年新しく伸びている枝も枯れているものがありました。来年も咲かせてくれるといいのですが。

中学校校舎北側の時計は、2時46分で、止まったままです。

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日和山には西側に2本の桜が残っていました。2本の桜のうち、下側の桜は元気がなかったので、上の桜から少し枝を採取しました。右上の写真は、採取した枝です。

採取した枝は、乾かないように、水に浸して、日本花の会結城農場(茨城県結城市)まで持って帰ってもらいました。

その後の苗木の育成方法:閖上地区の桜の芽をオオシマザクラ(台木)に接ぎ木をして苗を育てます。

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↑農場全体の様子

来年の11月に最初の苗木ができます。そして、この苗木を親木(今後の苗木の枝をとるための木)として育ててゆきます。
まだまだ、このプロジェクトは始まったばかり。苗木が育つのを心より祈って!

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